豊洲市場見学(サブログ)

築地から豊洲へ市場の移転が間近となってきました。

そこで休日を使い豊洲市場を下見してきました。

築地市場からは2.3キロ程離れていて、車の場合は乗車時間が少し長くなる程度ですが、電車の場合では乗り換えが増え、場合によっては移動が楽ではないと思いました。

豊洲市場では大きく3つのエリアに分かれ、5街区を青果棟、6街区を水産仲卸売場棟、7街区を水産卸売場棟となり、仕入れに行く際は6街区へ行きます。

7街区にはドックシェルターにより防虫、防塵、保冷を高め、他の棟にもシートシャッターなどあり、市場の衛生面を強化する仕組みになっています。

6街区は4階建で水産、道具屋、事務所などが階数別にあり、仕入れの際は往復して買い付けする必要があるので、今までより移動に時間を取られてしまいます。

ターレーでの移動は店舗間の通路でターレーがすれ違うスペース、フォークリフトも乗れる人荷用エレベーターも確保しているのでスムーズに仕事が出来る仕組みになっていますが、市場が動き出さないと流れが読めません。

7街区とは道路を挟んで隣合わせとなり、直接通路を通り移動することはできますが、セリ後、各店舗までの距離があるので陳列するまでに時間がかかりそうです。

各店舗からの配送は6街区の東、北側に積込場を設けており、車両待機駐車場が側にあるので流れに沿った搬出が可能な作りになっています。

下見に行き、市場の動きを想定しましたが移転後、どの様な市場になるかわからない部分もあると思いました。

移転までわずかということもあり、築地へ行くと様々な方と情報を交換しています。

築地と言う名の市場が終わってしまうのは寂しいですが、豊洲移転後も市場の中心となる良い市場になって欲しいです。

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五世代続けて吉野家

このブログで何度も登場している吉野家築地一号店。

その吉野家さんから依頼されて、社内報のインタビューを受けて来ました。

親子三代でということでしたので、三人揃っての初めての築地です。

インタビューは築地の吉野家さんに来だすようになったきっかけや、好みのメニューは何かなど。

ご存知のように五代目の好みは「皿の特盛 葱抜き つゆ抜き、それにごはん軽々」、息子は「アタマの特盛 葱ダクダク」。

四代目は「アタマの大盛り」をいつも食べていたそう。

四代目はそれこそ、吉野家さんの初代がお店にいる頃からの常連ですから、思い出はたくさんあるそうです。

例えば・・・四代目が子どもの頃に、四代目のおじいちゃん(つまり二代目ですね)とお父さん(三代目)に連れられて河岸に来た時に食べた吉野家さんの牛丼が、四代目の最初の吉野家さんの記憶だとか、二十代の頃は息子兄弟が厨房でタオルを頭に巻いて牛丼を作っていたことだとか・・・

何より当時の吉野家さんの牛丼は、当然のことながら国産牛しか使っていませんから、それはそれは美味しかったのだとか。

今も築地一号店の牛丼はピカイチに美味しいと感じている五代目にとっては、それは想像すらできないことです。

インタビューで語ったところによりますと、当時牛丼はどちらかというと安価な食べ物ではなかったそうで、河岸に通う名の通った寿司屋の旦那衆などが多く利用するお店で、今のように場内の人たちやお勤めの人たちが、仕事上がりやお昼ご飯に気軽に食べられるようなものではないのだとか(それはそうですよね、五代目が子どもの頃も、肉は断然贅沢で高価なものでしたから)。

そう行った旦那衆は当然舌も肥えていますから、その人たちを足繁く通わせるということは、やはり相当に美味しかったのでしょう。

その旦那衆の一人、うちの四代目が修行していた新宿の料理屋菊政のご主人はほとんど毎日、小僧さんを連れて食べに行っていたそうです。

うちの二代目も肉好きで、これは四代目の想像ですが、二代目はあるいは日本橋の魚市場の頃から吉野家さんに通っていたかもしれませんね。

吉野家さんにはもう一つエピソードがあって、それは仕入れる肉質の厳しさ。

戦前から戦後にかけて、たまたま八幡鮨のお客さんで吉野家さんに肉を卸している、たけちゃんと言う愛称の肉屋の番頭さんが来ていました。

そのたけちゃんがカウンターで飲みながら言うのです「吉野家の親父はそれは厳しい人でね、最高の肉の中のさらに最高のもの。そのバラ肉じゃないと使ってくれないんだ」と。

ですから四代目が、戦後寿司が再開になってから仕入れに行くようになると、たまの贅沢で入るのですね。

お店には小柄な初代が高い朴歯の下駄を履いて腕を組み、「らっしゃい!らっしゃい!」と元気にお客に声をかけていました。

四代目が食べながら「おじさんいくつ?」と訊いたところ92とか93と答えたそうです。

時代が変わり、味のニーズも変わってきましたが、これからもずっと美味しい牛丼を食べさせてください。

築地一号店。八幡鮨五世代に亘っていつも感動する味を食べさせてくれてありがとう。

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食の勉強

ベトナムの友人、ハノイ友楽寿司のトゥーさんご夫妻が来日して、いつものように築地に行ったり食事をしたりしました。

研究熱心で好奇心旺盛なトゥーさんが、今回は和食を勉強したいということで、伊勢丹の吉兆さんと、椿山荘のみゆきという和食のお店で食事をしました(どちらもご馳走になってしまいました…)。

なんでも近いうちに二店舗目も始めるそうで、そこでは和食のコースと寿司をやりたいのだとか。

コースは残暑と秋の気配を感じる料理の数々です。

前菜、椀もの、お造り、煮物、焼物、食事と続く流れのなかに季節を感じ、繊細な味の中に作り手の心に触れることができます。

トゥーさんご夫妻も料理を楽しみつつも、真剣に細部や味を確かめるように食べています。

椿山荘のみゆきでは、ベトナム人の仲居さんもいて、おかげで料理の説明は全てベトナム語でしてもらえました。

ところで、椿山荘は夏の蛍でも有名であります。

トゥーさんたちが子供の頃、彼らも蛍を捕ったそうで、しかしそれは遊びで捕ったわけではなく、それを瓶に何匹も集めて家に持って帰り、その薄明かりで勉強するための蛍狩りです。

いまから30年前は、ハノイから少し離れると電気がなく、夜に勉強するにはそのようにするしかなかったのだとか。

この話を聞いて、驚きとともに彼らの勤勉さと強さの源が分かった気がしました。

そんな彼ですから、新しい店舗でもきっと成功すると思います。

新店舗が開店したら、そのときはまたお知らせしますね。

ハノイに行かれるときは是非にお立ち寄りください。

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またもや日本が自然災害に見舞われました。

悔しくて悲しくて仕方ありません。

被災された方々には心からお悔やみ申しあげます。

どうかこれ以上災害が起こりませんように。

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