五代目のブログ

築地は思い出の中に

八幡鮨四代目が生まれたのは昭和9年。

その翌年に開場した築地市場は先日83年の歴史に幕を下ろしました。

東京の、というより日本の台所の役割を長年にわたり果たしてくれましたね。

八幡鮨は二代目から六代目まで、五世代に亘って通い続けました。

その間、戦争や戦後の食糧難、高度経済成長やバブル景気など、いろんな時代が過ぎて行きましたが、どんな時も食の中心としてこの国を引っ張ってきてくれたのが築地でした。

そんな築地に、寿司屋のひとりとして長年お世話になり、育ててもらえたことは本当に幸せなことでした。

何の目的で豊洲に移転するのか未だに腑に落ちないことはたくさんありますが、決まったことは受け入れていくより他ありません。

豊洲がより近代的で安心安全であることは間違いないでしょうから、今後はそこから皆様に喜んでいただける美味しい魚を仕入れていきますね!

築地で培った多くの良いことを、新天地でも生かして、それを次の世代に伝承していけたらいいですね。

築地市場。長い間ごくろうさまでした。感謝。

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黒曜石の本領

以前日本テレビのニュースエブリーで取り上げてもらった八幡鮨の黒曜石のニュース。

多くの方に見ていただきましたね。

あの時は諏訪の扶養パーライト社の河西社長さんに、黒曜石のことでいろいろとお世話になったものです。

今も八幡鮨ではいろんな場面で黒曜石を使っています。

仕込みをした魚や貝の養生にはもちろん、塩をまろやかにしたり、ペットボトルの水に入れてより美味しくしたりと、活躍の場はそれはたくさんあります。

話は変わりますが、詩人でお客様の秋田雨雀先生に書いていただいた「菊花に寄せて」という色紙があります。

その中に「真白の菊の花…」という部分がありまして、なぜか急にその一文を思い出しました。

秋のお彼岸ということもあり、秋田雨雀先生の言う白い菊を愛でたくなり、花屋さんで買ってきて自室に置いてみます。

小ぶりながら真白な一輪の菊の花。

黒曜石を入れたペットボトルに活けましょう。

以来毎日、朝に晩に楽しんでいます。

花はいいものですね。

ちなみに活けたのが9月11日水曜日。今日は10月1日ですから、ちょうど3週間になります。

その間一度も水替えも茎の水あげもしていないのですが、ご覧くださいこの水の透明度!

当初はまだまだ暑い日が続いていましてから、すぐに水も濁ってしまい、数日で換えるようだと思っていたのですが、何日経っても澄んだ水のままでしたから替えないままに今日に至ってしまったわけです。

少し回りくどくなってしまいましたが、これが黒曜石の力なのですね。

この透明度ですとまだまだ長く花を楽しめそうです。

これからも黒曜石にはどんどん活躍してもらいましょう。

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五世代続けて吉野家

このブログで何度も登場している吉野家築地一号店。

その吉野家さんから依頼されて、社内報のインタビューを受けて来ました。

親子三代でということでしたので、三人揃っての初めての築地です。

インタビューは築地の吉野家さんに来だすようになったきっかけや、好みのメニューは何かなど。

ご存知のように五代目の好みは「皿の特盛 葱抜き つゆ抜き、それにごはん軽々」、息子は「アタマの特盛 葱ダクダク」。

四代目は「アタマの大盛り」をいつも食べていたそう。

四代目はそれこそ、吉野家さんの初代がお店にいる頃からの常連ですから、思い出はたくさんあるそうです。

例えば・・・四代目が子どもの頃に、四代目のおじいちゃん(つまり二代目ですね)とお父さん(三代目)に連れられて河岸に来た時に食べた吉野家さんの牛丼が、四代目の最初の吉野家さんの記憶だとか、二十代の頃は息子兄弟が厨房でタオルを頭に巻いて牛丼を作っていたことだとか・・・

何より当時の吉野家さんの牛丼は、当然のことながら国産牛しか使っていませんから、それはそれは美味しかったのだとか。

今も築地一号店の牛丼はピカイチに美味しいと感じている五代目にとっては、それは想像すらできないことです。

インタビューで語ったところによりますと、当時牛丼はどちらかというと安価な食べ物ではなかったそうで、河岸に通う名の通った寿司屋の旦那衆などが多く利用するお店で、今のように場内の人たちやお勤めの人たちが、仕事上がりやお昼ご飯に気軽に食べられるようなものではないのだとか(それはそうですよね、五代目が子どもの頃も、肉は断然贅沢で高価なものでしたから)。

そう行った旦那衆は当然舌も肥えていますから、その人たちを足繁く通わせるということは、やはり相当に美味しかったのでしょう。

その旦那衆の一人、うちの四代目が修行していた新宿の料理屋菊政のご主人はほとんど毎日、小僧さんを連れて食べに行っていたそうです。

うちの二代目も肉好きで、これは四代目の想像ですが、二代目はあるいは日本橋の魚市場の頃から吉野家さんに通っていたかもしれませんね。

吉野家さんにはもう一つエピソードがあって、それは仕入れる肉質の厳しさ。

戦前から戦後にかけて、たまたま八幡鮨のお客さんで吉野家さんに肉を卸している、たけちゃんと言う愛称の肉屋の番頭さんが来ていました。

そのたけちゃんがカウンターで飲みながら言うのです「吉野家の親父はそれは厳しい人でね、最高の肉の中のさらに最高のもの。そのバラ肉じゃないと使ってくれないんだ」と。

ですから四代目が、戦後寿司が再開になってから仕入れに行くようになると、たまの贅沢で入るのですね。

お店には小柄な初代が高い朴歯の下駄を履いて腕を組み、「らっしゃい!らっしゃい!」と元気にお客に声をかけていました。

四代目が食べながら「おじさんいくつ?」と訊いたところ92とか93と答えたそうです。

時代が変わり、味のニーズも変わってきましたが、これからもずっと美味しい牛丼を食べさせてください。

築地一号店。八幡鮨五世代に亘っていつも感動する味を食べさせてくれてありがとう。

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食の勉強

ベトナムの友人、ハノイ友楽寿司のトゥーさんご夫妻が来日して、いつものように築地に行ったり食事をしたりしました。

研究熱心で好奇心旺盛なトゥーさんが、今回は和食を勉強したいということで、伊勢丹の吉兆さんと、椿山荘のみゆきという和食のお店で食事をしました(どちらもご馳走になってしまいました…)。

なんでも近いうちに二店舗目も始めるそうで、そこでは和食のコースと寿司をやりたいのだとか。

コースは残暑と秋の気配を感じる料理の数々です。

前菜、椀もの、お造り、煮物、焼物、食事と続く流れのなかに季節を感じ、繊細な味の中に作り手の心に触れることができます。

トゥーさんご夫妻も料理を楽しみつつも、真剣に細部や味を確かめるように食べています。

椿山荘のみゆきでは、ベトナム人の仲居さんもいて、おかげで料理の説明は全てベトナム語でしてもらえました。

ところで、椿山荘は夏の蛍でも有名であります。

トゥーさんたちが子供の頃、彼らも蛍を捕ったそうで、しかしそれは遊びで捕ったわけではなく、それを瓶に何匹も集めて家に持って帰り、その薄明かりで勉強するための蛍狩りです。

いまから30年前は、ハノイから少し離れると電気がなく、夜に勉強するにはそのようにするしかなかったのだとか。

この話を聞いて、驚きとともに彼らの勤勉さと強さの源が分かった気がしました。

そんな彼ですから、新しい店舗でもきっと成功すると思います。

新店舗が開店したら、そのときはまたお知らせしますね。

ハノイに行かれるときは是非にお立ち寄りください。

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またもや日本が自然災害に見舞われました。

悔しくて悲しくて仕方ありません。

被災された方々には心からお悔やみ申しあげます。

どうかこれ以上災害が起こりませんように。

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新世界から

過日、ベトナム国立交響楽団が来日し、サントリーホールでコンサートが行われました。

八幡鮨のお客様でもある本名徹次先生指揮のコンサートには、天皇皇后両陛下も御臨席され、成功裏に終わったそうです。

五代目も聴きに行きたかったのですが、平日で仕事を抜け出せなかったので、泣く泣く我慢しました。

その時の曲目が五代目の大好きな、ドヴォルジャーク「新世界から」。

日曜日に偶々近くの東京芸術劇場で読響の新世界があったので、せめて同じ曲だけでも聴きたいと、自転車を駆って行ってきました。

このブログで何度も書きましたが、新世界からは五代目にとって特別な曲。

何故なら、人生初の生のクラシックがこの曲だから。

中学校のとき芸術鑑賞会というプログラムで、武蔵野の辺りのコンサートホールに行って、確かN響の演奏だったと思うのですが、その時の曲目がこれだったのです。

多感な時期だったからでしょうか、オーケストラが奏でる生の音が、自分の細胞のひとつひとつに衝撃と感動を持って入り込んできたのを今でもよく覚えています。

その大好きな、そしてベトナム国立交響楽団と本名先生が演奏した新世界からを、今また聴いています。

レコードでは何十回となく聴き込んだ曲ですが、コンサートだといつも新鮮ですね。

心が洗われた素晴らしい演奏でした。

※写真は中学生の時に初めて買ったクラシックのレコードアルバム。バーンスタイン/ニューヨークフィルの新世界から。

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青い海と

季節の中で夏が一番好きな五代目。

先日夏の海が見たくて、伊豆は下田に行ってきました。

もちろん、往復ともに鉄道の旅を兼ねていることは言うまでもありません。

時間のあるときは東海道線で熱海、伊東まで行き、伊豆急行線内だけスーパービュー踊り子に乗車するのですが、今回はなるべく滞在時間を伸ばしたかったので東京駅から乗ることにしました。

本を読み、目が疲れれば窓外の景色を堪能するのは毎度のこと。

下田に降り立つと太陽が燦々と降り注ぎ、そこが南国であることを実感します。

宿に入り早速部屋から海を眺めましょう。

遠くに新島や三宅島などの伊豆の島々を見つつ、青い海を眺めるのは格別です。

食事は何年もまえにお客様から紹介していただいて以来、行きつけになった磯料理の辻さんというお店にこの日もお邪魔しました。

しかし、お目当の名物「金目鯛のつや煮」は、海が時化ていて市場に入らなかったのだとかで戴くことができませんでした。

それでも、何をいただいても美味しい辻さんですから、この日はカサゴの唐揚げ御膳を。

地魚を中心とした新鮮なお刺身や、手作りの塩辛、頭の骨まで食べることができるカサゴの唐揚げなど、来てよかったと思える逸品の数々でした。

食後はレンタサイクルで下田の街を走り抜け、潮風を胸いっぱいに吸い込んでから帰路につきました。

夏補給にはもってこいの伊豆下田。

みなさまもぜひに行ってごらんになったらよろしいかと。

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まかない60

先日テレビ東京の番組で、焼鳥はちまんが大きく取り上げられました。

ご覧になってくださった方も多いと思います。

今回のまかないは、その焼鳥はちまんのどんぶり物です。

八幡鮨ではたまにご褒美的に取り寄せることがあって、この日は焼鳥丼を作ってもらいました。

いつもは大抵そぼろ丼を作ってもらうのですが、テレビ東京の番組を見て、焼き鳥が食べたい!!となっていたので焼鳥丼に。

焼鳥丼には、丁寧に焼き上げた数種類の焼き鳥が、串から外してご飯の上に並べてあります。

秘伝のたれが沁みたご飯と香ばしく焼かれた焼き鳥の組み合わせは堪りません。

お酒を呑るひとなら、半分つまみで半分食事なんていうこともできるのでしょうが、お酒はほとんど飲めない五代目、一気に掻き込むように食べてしまいました。

栄養とコラーゲンたっぷりの鶏ガラスープも、程よい塩加減でバツグンです。

しっかりと堪能できました。

ご馳走様。

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