長崎に親戚があって、中学生のときに家族で遊びにいったときに、生まれてはじめてブルートレインに乗りました。
そのとき乗車したのは寝台特急さくら。
さくらは、先日ラストランを迎えた北斗星と同じく青色の寝台列車でした(さくらは電源分散式ですから、形式は違うのですが…)。
当時のさくらは三段B寝台でして、個室中心の北斗星からすると快適とは言いがたいのですが、憧れのブルートレインということで、夜もほとんど寝付けなかったのを覚えています。
朝は食堂車で長崎チャンポンを食べて、流れる景色を見ながら食べるのがこんなにも素晴らしいものなのかと、子供ながらに感嘆したものです。
五代目と同世代か上の人たちにとって寝台列車は、多かれ少なかれ特別な意味を持っていると思います。
なぜなら、この世代ぐらいまでは、飛行機は移動手段の主流ではなかった訳ですから。
その特別な意味を持つブルートレインが、北斗星を最後に遂に完全になくなってしまいました。
北斗星は豪華寝台列車として登場し、それまでの移動手段としての寝台列車とは一線を画するものでしたが、普通寝台の「ハネ」こと、開放式のB寝台も連結している訳ですから、移動手段として利用してきた人も少なからずいたことでしょう。
いま手許に20年近く前のJR東日本の寝台列車パンフレットがあります。
まだこのころは、九州ブルトレをはじめ、出雲や北陸、はくつるなんかも走っていたんですね。
カシオペアはデビュー前で、名前が決まっていなかったとみえ、「ニュー北斗星」とかいてありますね。
そのほか東京〜大阪を結んだ寝台急行の銀河まであります。
急行列車といえば、それ自体がほとんど姿を消してしまった昨今のJRですが、いまの近距離特急には疑問を持たざるを得ません。
以前、どなたか鉄道評論家の記事で読んだのですが、特別急行の「特別」とは、特段に速いという意味ではなく、会社の重役クラスや高級軍人など、特別な人のための急行なのだとか。
つまり、特急列車に乗るために身だしなみに気を遣うとか、日常とは違う列車であるという意識を持って乗ることが大切なのだとか(こういったことを踏まえて内田百閒などのエッセイを読むと非常に面白いのです!)。
ですから、いまどきの近距離・中距離特急列車、つまり昔なら急行はおろか、快速あたりの列車まで特急化してしまったところは、本当に面白みがないですね。
おや、話の進行方向が違ってきてしまったようです。
何を書いていたかと申しますと、ブルートレインのことでしたね。
ごめんなさい。でも進行方向違いの序にもうひとつ。
当時の中長距離優等列車に付きものの食堂車ですが、一部のビュッフェ式食堂車では寿司カウンターもあったそうです。
走る列車で立食の寿司なんて、最高に洒落てますね。
ただ、不規則に揺れる車内ですから、職人さんが頻繁に包丁で怪我をすることが理由で、間もなく寿司はなくなったと聞きます。
さて、本線走行に戻りましょう。
昭和50年代までは増発の一途をたどっていた寝台列車も、飛行機の台頭や高速道路網、新幹線網の整備が進むにつれ、次第にその姿を消していきます。
高級路線に活路を見出した北斗星やトワイライトエクスプレスは人気を博し一時代を築きましたが、それも北海道新幹線開業の影響で遂に廃止に追い込まれてしまいました。
車体にブルーを纏ったブルートレインは完全に過去のものになってしまいましたね(急行はまなすは、表記はあくまでも急行なので除外)。
鉄道界の昭和は遠くなりにけり・・・
寝台特急自体も、現在定期運行しているのは東京〜高松・出雲市のサンライズ瀬戸・出雲と、不定期列車のカシオペアのみですね。
いやはやなんとも寂しいかぎり。
ななつ星などの超高級クルーズトレインではなく(ななつ星はその分野の先駆者として本当に輝かしい!)、北斗星やトワイライトエクスプレスのような、ちょっとした贅沢として乗れる寝台列車が新製・新設されることを切望してやみません。
ブルートレイン・北斗星。長い間の活躍ごくろうさまでした。
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