豊洲に移転して5年

五代目のブログ
築地市場のマグロの競り場のひとコマ

早いものですね。

魚河岸が築地から豊洲に移転して5年になります。

つまり築地が閉場してから5年になるともいえます。

そんな豊洲の周りにも最近はいろんな施設が出来てきて、楽しい所になりつつあるようですね。

それでも築地に慣れ親しんできた五代目にとって、豊洲はいまだに馴染めないところがあります。

なんというか、築地に比べて建物が無機質というか、よそよそしく感じてしまうのです。

その築地の跡地ですが、最近になって読売ジャイアンツのホーム球場を作るなんて話が聞こえてきますね。

ジャイアンツといえば築地市場の場内でばったり会った巨人のマイコラス選手

それはそれで楽しみですが、そもそも築地を移転する理由は何だったのでしょう?

移転の目的はてっきり東京オリンピックの施設か何かを作るためなのかと思っていましたが、今頃になってようやく目的が決まるというのはいったいどういうことなのですか??

きちんとした大義名分があるなら仕方ないことですが、それならば豊洲などに移転せず築地のままであって欲しかったと思ってしまいますね。

当時から築地市場の場内は結構空き店舗もありましたから、店舗を集約して空いた場所に先ず新しい建物をたて、そこに移ったのちにさらに新しい箱を作れば築地だけで完結したのではないかと、素人考えながら当時思ったものです。

都知事選の争点にまでなった移転問題。

豊洲市場が定着した今もすっきりしない気がします。

趣味の列車でも好きな飛行機でも、古いものより新しく快適なものが好きな五代目ですが、こと豊洲市場に関してはいまだに愛着が湧きません・・・

出来たのものはどうしようもありませんから、いずれは愛着も湧いてくるでしょうが今すぐではなさそうです。

なつかしい朝の築地の風景
茶屋と呼ばれる荷捌き場にて、ベトナムのトゥーさん夫妻と稲良商店の中北さんと
山治の社長とベトナム人の女性従業員と。彼女たちは働き者。
今では考えられませんが、ターレーと呼ばれる運搬車によく乗せてもらい市場内を走り回ったものです。
場内にあった𠮷野家一号店と超ベテラン店員の稲嶺さん。この人は常連のお客さんの顔を見ただけで注文が通じた。五代目はいつも「葱抜きつゆ抜き特盛牛皿とご飯をゴルフボール程度」。カウンターに座れば黙っていても出てくる。ちなみに八幡鮨は二代目から六代目まで通った事になる。

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